
いやぁ、気が付いたら盛岡へ行ってからすでに2ヶ月が経っていました。帰ってきてからはというと、ひたすら自店の売場再構築と読書と後輩たちとの勉強会であっという間に日々が、そして2007年もが過ぎ去っていました。イカンイカン。というわけで、まぁあの衝撃のさわや書店を忘れるわけもないですが、記憶が薄れないうちに同じさわや書店のフェザン店、UPします。
#72 さわや書店フェザン店岩手 3盛岡市盛岡駅前通1−44
019-625-6322
さわや書店本店がどれだけ素晴らしいかは、#70でご紹介したとおりですが、その本店にも引けをとらないのが盛岡駅ビル?(になるのかな)にある、さわや書店フェザン店。ここもね、すごい。何が凄いって、その提案力と本を通して文化貢献する、という気概が売場からビシバシと伝わるその姿勢だ。
L字型の店内は、お客さんの入りも凄い。
そして、平台には当たり前のようにマイナーな本が全国でのベストセラー本と同じように平積みされている。これは、さわや書店本店で見た姿と同じだ。しかし、並んでいる本が全て同じなわけではない。何点かは同じマイナーな本を平積みしているが、いくつかはどちらか一方でのみ平積みされている本だ。つまり、情報はしっかりチェーン店として共有されているが、常に新しいものを各店担当者が見つけて先行販売し、結果が出たら情報を共有するというやり方が容易に想像できる。
理想的だ。
ベストセラー本というのは、あえてチェーン店内で情報化する必要などない。
それは、書店員じゃなくても知っている情報だからだ。今なら、「ホームレス中学生」が売れています、などという情報には何の意味もない。同様にメディア化されるものに関しても、早い段階での情報化に意味はあるが、周知の事実となった段階での情報化に意味は無い。と思う。
それよりも、さわや書店のように発掘した本を売る方法を考え、それをチェーン店内でスライドさせる方法を築き上げていくことが、今後の書店業界全体の中におけるチェーン書店の重要な役割ではないだろうか。とボクは思う。
大変乱暴な言い方をすると、書店の役目とは、自己形成に貢献するため読書人を育て、その街の文化レベルを高めることにあると思う。その観点から言うと、画一的な商品展開しか行えていない現在の書店の大半は、その責務を果たしていないといえる。メガブックストアーといえども、そのキャパを利用して多くの本を揃えるているという利点はあるが、提案という点においては物足りなさを感じる。
そこで、このさわや書店フェザン店のあり方を考えると、棚にはしっかりとロングセラーが揃えてあり、ベストセラーも平台にしっかりと置いてある。しかし、それ以上に目立つのが提案商材である。ショッピングセンターの通路に面したイベント台では、郷土本の大型フェアが行われており、地元カルチャー誌の「rakra」バックナンバーフェアや、地元出版社刊行の堅めの本がずらりと並んでいる。しかもこれが自己満足で終わっているわけではなく、驚くほど多くのお客さんが手に取っているのだ。


店内に入って文庫平台を覗くと、これまた知らない本がガンガン積んである。
時代小説に相当力が入っているようで、有名無名は関係なく、コチラの担当者さん田口さんが実際に読んで面白かった本なら迷わず積むというスタンスのようだ。この日、実際に田口さんと20分程度お話をさせていただいたが、本について語るときのその本に対する想いと、良書であればどんなに無名な作家の本でも必ず売る、という漲る自信に圧倒された。いやぁ、やはり全国には魅力的な書店人がたくさんいるのだなぁ、と実感しボクも負けないようがんばらないとと改めて思いました。
それにしても、さわや書店というのは、なぜコレほどまでに書店人魂が宿った本屋を出来るのか・・・。
本店店長の伊藤さんがおっしゃっていたように、やはり書店員がまず本をよく読んで、お客さんに読んで欲しいという本をたくさんストックしていること、そして自店をどのような書店にしたいかという理想像をしっかりと描いていることが重要なのではないか。
我々も盛岡さわや書店に負けないよう、魂宿る書店めざし、今、毎月後輩たちと勉強会をスタートした。切磋琢磨し理想像を共有し、意義ある書店にするため飽くなき挑戦を続けるのだ。